書籍・雑誌

2008年8月14日 (木)

『テロリズムとは何か』 佐渡龍己

Terrorismtohananika  テロリズムについて、その歴史や兵法について詳しく解説されている本です。元陸上自衛隊調査学校教官の佐渡氏が、在スリランカ日本大使館勤務時にテロリズム問題に取り組まれていた経験を元に書かれています。(2000年発行)

■テロリズムとは?
 terrorismという言葉を分解するとterror-ismとなり、terrorには恐怖で打ちのめすという意味がある。テロリズムは対象に恐怖を与えることによって自分たちの要求を認めさせるもである。
 民衆の一部の人々が、政府の支配下において生活や信念を脅かされる状態に追い込まれ、その状態から脱却するために、社会の法や慣習、常識が役に立たないとき、社会のタブーを破った方法でその状況から脱出しようとする。これがテロリズムの背景となる。

■テロリズムのパターン
a)恐怖の原因となっているものを直接脅す
 AがBによるある事項に非常な恐怖を抱いている場合、Bを直接脅し、Bにその事項を止めさせる。
例)在ケニア米国大使館と在タンザニア米国大使館爆破事件
 1998年、イスラム聖地解放軍が、敵とする米国の政府施設を直接攻撃し、アラビア半島のイスラム聖教地からの米軍の追い出しを狙う。
b)民衆を利用する
 AがBによるある事項に非常な恐怖を抱いている場合、民衆を脅し、民衆からの圧力によってBにその事項を止めさせる。
例)キプロス独立テロ
 1960年、当時のキプロス島はイギリスの統治下に置かれていたが、島はかつてないほど経済的に発展し、民衆は幸福な生活を営んでいた。しかし、キプロス島のギリシャへの合併を目的とするキプロス戦士民族機構は、イギリス兵およびイギリス民間人を殺害し、イギリスの過剰報復を誘う。イギリスの報復は関係のない民衆を巻き込むこととなり、それによってイギリスは民衆からの支持を急速に失い、イギリスはキプロスの独立を認めることになる。
c)国際世論を利用する
 AがBによるある事項に非常な恐怖を抱いている場合、Bを脅すことによってBに過剰報復を誘発させる。Bの過剰報復の惨状を国際世論に訴へ、国際世論からの圧力によってBにその事項を止めさせる。
例)イスラエル独立テロ
 1945年、当時のパレスチナはイギリスの統治下にあったが、イギリスはユダヤ人移民を拒否する。ユダヤ人によって組織されたイグルーンは、イギリス兵やイギリス民間人を殺害し、イギリスの過剰報復を誘う。イギリスの過剰報復は国内外の世論に訴えられ、それは世論の反発を招き、イギリスはパレスチナに駐在し続けることは難しいと理解するようになる。1948年、イギリスはパレスチナから撤退し、イスラエルは独立宣言する。
d)第三国を利用する
 AがBによるある事項に非常な恐怖を抱いている場合、第三国の人間を人質にとり、第三国からの圧力によってBにその事項を止めさせる。
例)在ペルー日本大使公邸占拠事件
 1996年、トゥパク・アマル革命運動は、日本をフジモリ政権を支援しているとみて日本大使公邸を占拠する。日本政府を脅し、日本政府からの圧力によってペルー政府に彼らの要求を受け入れさせようとしたが、ペルー軍によって鎮圧される。
e)民衆を殺害するように工作する
 AがBによるある事項に非常な恐怖を抱いている場合、まずAがBを攻撃し、Bの過剰報復を誘発させる。続いてBの過剰報復によって民衆が死傷するように工作する。この結果を国際世論に訴え、国際世論からの圧力をもってBにその事項を止めさせる。
例)ベトナム戦争
 1960年に結成された南ベトナム開放戦線は、南ベトナム軍やアメリカ軍に対し、ゲリラ戦を展開する。手順としてまず村の入り口周辺に各種の罠を設置する。その後、南ベトナム軍やアメリカ軍の兵士に発砲して村に逃げ込む。ゲリラ兵を追ってきた南ベトナム軍部隊、アメリカ軍部隊は村の入り口で罠にかかる。罠にかかった彼らはパニックに陥り、村人を攻撃することになる。こうしてできた村の凄惨な状態を国際世論に訴えることによって、南ベトナム、アメリカに圧力を加える。

 無関係な人を巻き込んで、人の善意を利用して自分たちの目的を達成させようとするのは、目的のためには手段を選ばないといったところでしょうか。恐ろしい話です。日本は治安が良いので、こういったことには無縁かと思えるのですが、日本人によって組織された日本赤軍が世界中でテロを起こしていたり、在ペルー日本大使公邸占拠事件やオウム真理教による地下鉄サリン事件、テロ支援国家北朝鮮の日本人拉致事件など、決して無縁の話じゃありません。テロに巻き込まれることを回避するためにも、テロに対する正確な知識を持つ必要があると思います。

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2008年7月30日 (水)

『姑獲鳥の夏』 京極夏彦

Ubumenonatsu  京極夏彦氏の百鬼夜行シリーズの第一作目であり、氏のデビュー作です。1950年代の東京を舞台に、古本屋兼宮司兼憑き物落としの中善寺秋彦が、豊富な知識と巧みな話術で人の心にすくう妖怪、物の怪による事件を解決していく推理小説です。姑獲鳥(うぶめ)とは死んだ妊婦が妖怪になったものです。(1994年発行)

■ストーリー
 第二次世界大戦後間もない1950年代の東京。売れない三文文士の関口巽は、仕事で付き合いのある雑誌社に勤める、友人の妹、中善寺敦子が、久遠寺産科医院に二十ヶ月もの間子供を身ごもっている妊婦がいるという噂ついて調べていることを知る。関口は敦子の兄であり、帝国大学時代からの友人である中善寺秋彦を尋ねる。明彦は古本屋を営みながら、家業の宮司であり、憑き物落としを行っていて、古本屋の名前から「京極堂」と呼ばれていた。京極堂は関口の話を聞いても別段驚く様子もなく、奇怪だと思うほうがおかしいと理詰めで説く。京極道は帝国大学時代の先輩で、探偵業を営んでいる榎木津礼二郎に相談することを薦める。榎木津は問題の妊婦の夫とは帝国大学時代に同級生だった。
 翌日、関口は榎木津の探偵事務所を訪れたが、ちょうどそこに問題の妊婦の姉である久遠寺涼子が、失踪した妹の夫の調査を依頼しに訪れてきた。関口は何故か探偵の助手ということにされ、榎木津と共に久遠寺産科医院に調査に向かうことになる。

■古本屋兼宮司兼憑き物落とし

この世には不思議なことなど何もないのだよ

 このシリーズに登場する京極堂はとても魅力的なキャラクターです。人を殺しそうなほど不機嫌な芥川龍之介のような風貌で、朝から晩まで自らが営む古本屋にこもって本を読み続け、家から出るようなことはほとんどなく、非常に理屈屋で妖怪や物の怪というものはまったく信じてはいない。そんな彼が憑き物落としと呼ばれるゆえんは、書物から得た膨大な知識と巧みな話術で、事件を起こす人の心に巣くう妖怪、物の怪といったものを祓っていくから。一見不可解で、妖怪、物の怪が関わっているとしか思えないような事件を、明らかになっている事実と膨大な知識を元に徹底的な理詰めで解きほぐいていく彼の憑き物落としは200ページ以上にわたって書かれ、その過程は実に鮮やかです。京極堂の他にも、多少欝病気味でいつも京極堂の話術に振り回されるぱっとしない風貌の関口、関口とは対照的に躁病気味で奇怪な振る舞いが目立つ大企業の御曹司で眉目秀麗な榎木津、融通がきかず一本気な刑事の木場、聡明で行動力溢れる敦子と、魅力的な登場人物がそろっています。

■妖怪物の怪に関する薀蓄
 京極氏は自他共に認める妖怪マニアで、小説の事件に関わってくる妖怪、物の怪については、原典を示してこれでもかというくらいに詳しく書かれています。それはもう妖怪に対する愛を感じるほどです。

 この本の冒頭で京極堂が語り、話の鍵となる、「人は見たいものしか見えない」というのは自分にも思い当たることがあります。確かにどうでもいいことや、見たくないものは視界に入っていても気づかなかったりすることがよくあります。しかしこのことを元に推理小説を書きあげるとは、京極氏、凄いです
 サイコロ本と揶揄されるほどページ数が多い京極氏の小説ですが、そこには、古来から伝わる伝承を基にした不思議な事件と、魅力的な登場人物達、大風呂敷を広げて最後にきっちりと纏められているストーリーが詰まっています。

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2008年7月14日 (月)

『アインシュタイン丸かじり』 志村史夫

41lkrqpajxl__ss500_  歴史に名を残す20世紀の物理学者、アルベルト・アインシュタインと彼の相対性理論について一般読者向けにわかりやすく解説されている、相対性理論の入門書といえる本です。著者である物理学者、志村氏は、アインシュタインの熱狂的ファンを自認しており、この本はアインシュタインや彼の相対性理論を少しでも多くの人に知ってもらうために書いたそうで、本書のいたるところにアインシュタインに対する愛が満ち溢れています。(2007年発行)

■相対性理論って?
 アインシュタインの相対性理論には
a)特殊相対性理論
 1905年に当時26歳だったアインシュタインが発表。等速直線運動のように加速度の加わらない状態でのみ成り立つ。 
b)一般相対性理論
 特殊相対性理論には重力のように外部から加速度が加わると成り立たないという欠点があったため、これに重力の概念を取り入れたもの。
の二つがあります。これらの理論が発表されるまでは、時間と空間はすべてのものに共通する絶対的なものだと考えられていました。しかし、この理論では時間や空間は遅れたり縮んだりし、時間と空間に対する概念が一変しました。

■特殊相対性理論ってどんなの?
 特殊相対性理論を理解するために必ず抑えていなければならないことは、

光速は、光源や観測者の運動状態に関係なく常に一定である(光速不変の原理)

です。
 たとえば、同じ方向に
  a)100 km/hで走る車に乗っている人
  b)50 km/hで走る車に乗っている人
  c)5 km/hで歩いている人
がいたとすると、cからaを見ると95 km/hで移動しているように見えますが、bからaを見ると50 km/hで移動しているように見えます。このように、同じものを観測しても、観測者の運動状態によって速度は違って見えます。
 しかし、光速はどのような運動状態の観測者が観測しても300000 km/sです。静止している人から見ても、動いている人から見ても変わりません。マイケルソンとモーレイがこのことを発見したときは、それまでの常識と当てはまらないためにずいぶんと悩んだそうです。アインシュタインはこれに対して、観測結果がそう示しているならそうなんだから光だけは別物と考えればいいじゃないか、としました。このことを抑えておけば、この本の特殊相対性理論の解説を理解しやすくなります。
 特殊相対性理論では以下のことが言われています
①時間と空間を独立に扱うことはできない
②動いている物体の長さは運動方向に縮む
 移動する物体の長さ(L)、静止している物体の長さ(L0)、移動する物体の速度(v)、光速(c)の関係は、
  L=L0√(1-v^2/c^2)
となる。cの値は一定なので、vの値が大きくなるとLの値はL0に比べて小さくなることがわかります。
③動いている時計の時間は遅れる
 移動する物体の時間(T)、静止している物体の時間(T0)、移動する物体の速度(v)、光速(c)の関係は、
  T=T0√(1-v^2/c^2)
となる。cの値は一定なので、vの値が大きくなるとTの値はT0に比べて小さくなることがわかります。
④宇宙に光速を超えるものはない
 仮に速度が光速を超えたとすると、②と③にの式に含まれる√(1-v^2/c^2)のルートの中がマイナスになってしまい、この部分が虚数を含むことなります。虚数を含む長さや、虚数を含む時間は、現実的に成り立たないために光速を超えるものはないということになります。
⑤動いている物体の質量は大きくなる
 力(F)、質量(m)、加速度(a)の関係は、
  F=ma
となる。質量を持つ物体に力を加えていくと、その物体はどんどん加速していきますが、光速を超えることはできないので、物体の速度が光速に近づくにつれて、加速することが難しくなってきます。その状態で力を加え続けると加速度が増えずに質量が増えていくことになります。
⑥エネルギーと質量は等価である
 エネルギー(E)、質量(m)、光速(c)の関係は、
  E=mc^2
となる。cの値は一定なので、Eはmに比例します。

■一般相対性理論ってどんなの?
 等速直線運動のような特殊な状況でのみ成り立つ特殊相対性理論は、つねに加速度が加わる重力の影響下では成り立たちません。そこでアインシュタインは重力の概念を特殊相対性理論に取り入れた一般相対性理論を構築します。

重力の源は「時空の曲がり」

 例えば私たちの生活する時空を柔らかいマットに見立ててみる。マットに重い物を置くと、マットは沈む。この状態でマットの沈み付近にビー玉を置けばビー玉はマットの沈みの中心に向かって転がっていく。このときマットの沈みが時空の曲がり、すなわち重力であり、ビー玉はその重力によってマットの沈みの中心に転がっていく。マットにより重い物を置けばそれだけマットの沈み、重力も大きくなる。
 一般相対性理論は重力を時空の歪みとし、「重力場の方程式」と呼ばれる式にまとめられています。

 アインシュタインといえば真っ先に思い浮かべるのが相対性理論ですが、実はアインシュタインは相対性理論でノーベル賞を取っていないということにはちょっと驚きました。その理由は二つあり、一つはノーベル賞受賞学者で反ユダヤ主義者のレーナルトがノーベル賞委員会に絶大な影響力をふるってユダヤ人であるアインシュタインを攻撃したこと。これは当時の世界情勢からみるとありえることです。もう一つの理由は、相対性理論が難解すぎて、ノーベル賞選考委員はこの理論が画期的な理論であろうことはわかっても十分に理解できなかったこと。ノーベル賞選考委員すらたじろかせる理論を構築するとは、アインシュタイン凄すぎます。もうノーベル賞の範疇に収まるような人ではないのでしょう。アインシュタインは相対性理論でノーベル賞は取れませんでしたが、光電効果の法則でノーベル賞を受賞します。
 著者も明記しているとおり、この本を読めばアインシュタインや彼の相対性理論について少なくともわかったつもりになれます。物理学の常識を覆す理論を僅か26歳で、物理学の世界から遠い特許局の役人の立場で構築したアインシュタイン、本当に凄い人です。アインシュタインってよく聞くけど何をした人?相対性理論ってよく聞くけどどんなんだろう?といった人、お勧めです。

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2008年6月17日 (火)

『ホワイトアウト』 真保裕一

Whiteout  日本最大のダム、奥只見ダムをモデルにした架空の巨大ダムを占拠したテロリストを相手に、孤軍奮闘するダム運転員の活躍を書いた小説です。「ホワイトアウト」とは、雪や雲などがガス状に立ちこめて視界が真っ白になり空間と地面の区別がつかなくなる現象のことです。(1995年発行)

■ストーリー
 奥遠和ダムは新潟県と福島県の間にあり周囲を2000m級の山々に囲まれた日本最大の貯水量をほこるダム。互いに友人として認める富樫輝夫と吉岡和志はダム運転員として奥遠和ダムに勤めるかたわら、会社の山岳部で登山を趣味としている。11月も半ばのある日、富樫と吉岡はダム近辺で遭難した登山者の救助にむかう。富樫と吉岡は遭難者を発見したものの、帰路で吉岡が足を負傷してしまう。富樫は吉岡と遭難者をその場に置き応援を呼びに行くが、その途中でホワイトアウトに遭遇し、その場でのビバーグを余儀なくされる。翌日、ダムにたどり着いた富樫の報告を受けて救助隊が向かうが、遭難者は生存していたものの、吉岡は死亡していた。
 それから約二ヶ月後、吉岡の恋人であった平川千晶は、元恋人の職場、奥遠和ダムを訪れるが、その時にダムはテロリスト「赤い月」に占拠され、千晶はダム職員と共に人質にされる。ダムを占拠した「赤い月」は政府に50億円を要求する。偶然にもテロリストによる拘束を免れた富樫は、外部との連絡が遮断されたなかで一人、テロリストへの抵抗を始める。

■戦う相手はテロリストと雪山
 小説の始めにテロリストにダムが占拠されてから小説の最後まで、富樫とテロリストとの攻防が繰り広げられます。

吉岡。頼むから力を貸してくれ。

 一介のダム運転員でしかない富樫が持つものは、ダムに関する知識と豊富な登山経験、そして二ヶ月前に吉岡を結果的に死なせてしまったことへの悔恨。富樫はこれらを元にテロリストへの抵抗を続けます。富樫が状況を打開するために一つ手を打てば、テロリストがそれを潰し、新たな手を打てばまた潰し、さらに新たな手を打つ、この展開は疾走感にあふれます。
 そして、もう一つの敵といえるのが厳冬期の雪山です。体力を奪い続ける氷点下の気温、雪のなかに腰まで埋まり1km進むのに何時間もかかる雪山、押し寄せる雪崩、痛みを感じるほどの雪の冷たさ、凍傷の恐怖、そして吉岡が死んだときと同じようなホワイトアウト、テロリストに加えてこれらが富樫の行く手を阻みます。

 話の展開もそうですが、文章そのものに疾走感があって読んでいると自然と引き込まれます。それに加えて、舞台となるダムや雪山の描写が緻密に書かれていることも読み手を話に引き込むことに一役買っています。他の建造物に比べて特殊なダムの構造やダムに併設された発電機、送電システムを絡めた話の展開はよくできています。富樫を苦しめる雪山の描写については読んでいると寒さを感じるほどでした。最初から最後まで一気に読めて楽しめる小説です。

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2008年5月30日 (金)

『理科系の作文技術』 木下是雄

Rikakeinosakubungijutsu  自分の意見や情報を読み手に確実に伝えるための作文技術について書かれた本です。この本に書かれている作文技術は、報告書や論文など、読み手に自分の意見や情報を伝える文書のためのもので、文学小説や詩のように読み手の感情を揺さぶるような文書のためのものではありません。(1981年発行)

■いかにして読み手に自分の意見や情報を正確に伝えるか
 報告書や論文のように、仕事や学業で書かれる文書で大切なことは、自分の意見や情報(事実や状況について人に伝える知識、伝えられる知識)を読み手に正確に伝えることです。そのために必要なことは、
a)文書の主題をはっきりさせ、それに必要なことのみ書く
b)難しい言い回しやぼかした書き方はせずに明快、簡潔に書く
c)事実と意見をしっかり区別する
d)論理的に一本の筋道が通った文書にする
といったことが挙げられます。

a)文書の主題をはっきりさせ、それに必要なことのみ書く
 一文書一主題を心がける。主題がはっきりしない文書や、複数の主題がある文書は、読み手が混乱するので避けるべき。主題を決めたら、それに必要なことは全て書き、必要の無いものは一切書いてはならない。

b)難しい言い回しやぼかした書き方はせずに明快、簡潔に書く
 報告書や論文などでは常に明快、簡潔な書き方を心がけ、文学小説で用いられるような難しい言い回しやぼかした書き方をしてはならない。明快、簡潔な書き方は、読み手に負担を強いたり、間違った捉え方をされてしまう可能性を避けるためだけでなく、自分の言いたいことをより明確にすることができる。

c)事実と意見をしっかり区別する
 事実と意見を混ぜるような書き方はしてはいけない。事実は事実として、意見は意見として区別して書き、読み手に意見が事実として捉えられるような書き方は事実誤認につながるので絶対にしてはならない。

d)論理的に一本の筋道が通った文書にする
 起承転結を心がけ、文書の開始から終わりまで論理的に筋が通った文書にしなければならない。文書の途中で論理的な展開が途切れる書き方は読み手を混乱させてしまう。

 これらのことを実践するために必要な技術が書かれています。

■一生役に立つ本
 文書の書き方は大学のレポート作成や、仕事の報告書作成で色々と指導されてきましたが、この本を読んでいればどんなによかっただろうと思いました。自分の考えの整理のしかた、文書の組み立て方、論理の展開のしかた、読みやすい文の書き方など、文書作成に関する様々なことが詳しくわかりやすく書かれていて、とても勉強になります。ただ、この本でもはじめにことわっているように、文学小説や詩のように美しくて人の心を震わすような文書を書くことを目指している人には、あまり参考にはならないと思います。この本で書かれている作文技術で文学小説や詩を書いたら、内容はわかりやすくとも、なんとも無味乾燥なものができあがるんじゃないかと思います。
 題名に理科系とありますが、仕事や学業で文書を書く人には理系文系関係なく自信を持ってお勧めできる本です。是非、読んでみてください。

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2008年5月 9日 (金)

『青の炎』 貴志祐介

Aonohonoo  ある母子家庭に押し入り幸せを踏みにじる闖入者、法も大人も頼りにならない、少年は母や妹のためにこれを排除することを決断する。少年犯罪を扱った暗く重く純粋な青春小説です。(1999年発行)

■ストーリー
 湘南にある県下有数の進学校に通う高校生、櫛森秀一は母親と妹との三人暮らしながら幸せな生活を営んでいたた。しかし、かつて母親が再婚しすぐに別れた男、曽根が現れてから状況は一変する。曽根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、一家の幸せを踏みにじる。秀一は知り合いの弁護士に相談するも有効な打開策は打ち出せない。やがて曽根は母親だけでなく妹の体にまで手を出そうとし、それを見た秀一は曽根を自らの手で排除することを決断する。

暗く切ない青春物語

この人間は不正な行為をしたので、強制終了されます……

 純粋な心で色々なことに打ち込むことのできるのが青春時代ですが、くしくも秀一が打ち込むことになったのは人を殺すことです。人並み以上に優秀な高校生である秀一は、曽根を殺害するために医学書を読み漁って外傷を残さない殺害方法を模索し、曽根や家族、自分の生活習慣や自分の身体能力を考慮した緻密な殺人計画を練り、犯行に必要なものをあしがつかないように十分に注意して用意し、アリバイ工作に自分の彼女さえも利用します。そこには一切の打算や妥協はなく、少年らしい純粋さと正義感で曽根を殺害するために自分の持つ能力の全てをつぎ込みます。
 家族に愛されて育った秀一が望むことは唯一つ、母親と妹の幸せを取り戻すことです。しかし彼の選んだ手段がそれを実現することができないことに、少年らしい純粋さからか、それからくる視野の狭さからか、気付くことはありません。そんな秀一の心には青い炎が宿ります。あらゆる炎のなかで最も高温な青い炎は家族に害を与えるものを焼き尽くすだけでなく、秀一自身の未来への夢や希望といった少年なら誰もが持つものさえも焼き尽くしてしまいます。彼を待っている未来にあるのは絶望のみ。

 秀一が殺人を計画し実行していく姿には自然と感情移入してしまい、読後はただただ切なくさせられました。

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2008年5月 5日 (月)

『ホーキング、宇宙を語る』 スティーブン・W・ホーキング

51zrazvfzyl__ss500_ 物理学者スティーブン・ホーキングが1988年に執筆した一般人向けの物理学啓蒙書です。
 歴史に残る20世紀の科学者、アルベルト・アインシュタインの以下の式を知っている人は多いと思います。

E=MC^2

 エネルギーは質量に光の速度の二乗をかけたものに等しい。この式は有名な一般相対性理論のものですが、その理論がどんなものか理解している人はそういないと思います。
 例えば時間は絶対的なものではなく相対的なものであると聞いてどう感じるでしょうか?
 私達の社会生活では誰もが同じ時間を基準にして行動し、それで成り立っています。しかし、厳密には時間は個々によって異なります。一般相対性理論によると、重力場に近い場所ではそうでない場所と比べて時間の進みが遅くなります。実際に高い場所に設置した時計と低い場所に設置した時計を比べてみた結果、低い場所に置かれた時計が遅く進むことが確認されています。
 また、最先端の科学では物事の事象を正確に予測することは不可能だと聞いて、意外に感じる人もいるのではないでしょうか?
 この世界に存在する物質は全て粒子で構成されており、粒子の現在の位置と速度が分れば、それを元に未来の位置と速度を計算し、この世界の事象を正確に予測することができます。しかし、量子力学の不確定性原理によると粒子の位置と速度を同時に正確に測定することは不可能なため、物事の事象を正確に予測することはできません。
 私達が存在するこの宇宙について上記の一般相対性理論や量子力学など当時の最新の物理学を元に、可能な限り数式を出さずに解説されています。

 私達の宇宙に対する考え方はアリストテレス、プトレマイオスの天動説から、コペルニクスの地動説、ニュートンの重力理論をえてアインシュタインの一般相対性理論、プランク、ハイゼンベルグの量子力学へと、時代が進むとともに変化し、いまに至ります。

  • 時間と空間は絶対的ではなく相対的なもである
  • 宇宙は一様なものではなく常に膨張している
  • 万物は素粒子と呼ばれる粒で構成され、素粒子には様々な力が働く
  • 粒子の位置と速度を同時に正確に測定することは不可能で、不確定性原理と呼ばれる
  • ブラックホールは自身の重力により時空を湾曲させ、その湾曲率が無限大となる特異点を持つ。またブラックホールは全てを飲みつくすのではなく、ブラックホールから発生する粒子がある
  • 宇宙にはビックバンと呼ばれる始まりがあると考えられているが、重力の量子論では時間や空間が有限かつ境界の無い閉じた面をしていると扱われ、それによると宇宙には始まりも終わりもない
  • 時間は熱力学的な時間の矢、心理学的な時間の矢、宇宙論的な時間の矢の三つの矢を持つ
  • 物理学のの目標は現在判明している自然界の四つの基本的な力、重力、電磁気力、強い力、弱い力、この四つの力を統一して扱うことのできる理論を生み出すこと

 これら一つ一つを詳しく説明されていますが、考え方は面白くて良い意味で頭を混乱させてくれます。

■なぜ時間は一方通行なのか

我々は過去を憶えているのに、なぜ未来を思い出せないのだろうか?

 科学法則は時間の前向き、後ろ向きを区別しません。私達が三次元空間の中を自由に動き回れるのと同じように、前に進んだり後ろに進んだりでき、それによって法則が崩れることはありません。なのになぜその科学法則の中で暮らしている私達の実生活では、時間は過去から未来へと一方通行なのか。花瓶が落ちて割れることがあっても、割れた花瓶が持ち上がってもとの形になることがないのはなぜか。言われてみればもっともです。なんでだろう?
 それは熱力学の第二法則で禁じられているからと説明されます。この法則によると閉じた系のなかでは無秩序は常に増大し、その逆はなく、花瓶が落ちて割れるのは花瓶という秩序から花瓶の破片という無秩序になるからです。

■重力は時空の湾曲

時空はその中に質量とエネルギーが分布しているために湾曲している

 一般相対性理論では重力は物体の質量が時空を湾曲させることによって発生し、ブラックホールほどの巨大な質量を持つ物体は時空を大きく湾曲させ、それによって光の進む方向も歪められてしまうとされています。実際に金星の光が太陽のそばを通って地球に届くときに太陽の重力で光の進む方向が歪められていることが確認されています。ブラックホールの中には時空の湾曲率が無限大となる特異点と呼ばれる点があり、この点では一般相対性理論を含めた既知の科学法則が成り立たなくなります。
 なるほど、確かに重力について時空が湾曲していると考えたほうが、ニュートンの重力理論よりもしっくりきます。しかし特異点っていったいどんな世界なんでしょう。科学法則が成り立たないということは、時間や空間も成り立っていないということでしょうか。想像がつきません。そもそも特異点があることを示した一般相対性理論が成り立たないなんて頭が混乱します。

■時空が閉じた宇宙

宇宙の境界条件は、それが境界をもたないということだ

 時間と空間はその間に境界をもたず、閉じた面を構成しているとされます。
 ビックバン説は宇宙の始まりを示しましたが、なぜそのような始まり方をしたのか、宇宙が始まる前、時間と空間が無い世界については説明されていないという問題があります。 しかし重力の量子論による宇宙はこの問題を解決できます。時間と空間との間に境界は無く、閉じた面を構成しているのなら、宇宙はその閉じた面の中で始まりも終わりもなく、ただ存在しているだけなのですから。
 時間と空間に境界がないとはどういうことなのでしょう。ここまでくると頭がパンクしそうです。

 本当に混乱します。私が常識だと思っていたことが全く通用しないのですから。今では地球が丸いことは常識ですが、昔は地球は平らで地の果ては断崖絶壁となっていることが常識でした。地球が丸いことを知った昔の人も、私のように混乱したのかもしれません。
 一般人向けとされていますが、一般相対性理論や量子力学等について概要程度の知識がないと書かれている内容を理解するのは困難でしょう。私は何の予備知識もなくこの本を読んだので、一回読んだだけではほとんど理解することができず、何度も読み直しました。予備知識がない人は読む前に一般相対性理論、量子力学の入門書を読んでおいたほうがいいです。
 物理学が苦手な人には敷居が高いかもしれませんが、これを読めば物理学の先端に触れ、宇宙だけでなく時間や空間に対する考え方が一新されること間違いなしです。一押しの本ですので、読んだことがない人は是非読んでみてください。

 最後に巻末の一文を抜粋。

もしもわれわれが完全な理論を発見すれば、その原理の大筋は少数の科学者だけでなく、あらゆる人にもやがて理解可能となるはずだ。そのときには、われわれすべて――哲学者も、科学者も、ただの人たちも――が、われわれと宇宙が存在しているのがなぜか、という問題の議論に参加できるようになるだろう。もしそれに対する答えが見いだせれば、それは人間の理性の究極的な勝利となるだろう――なぜならそのとき、神の心をわれわれは知るのだから。

 ホーキングは一般的にいわれる「神」というものの存在を信じていません。しかしこの世界の事象を完全に説明できる法則があるとすれば、それこそが「神」といえるのではないでしょうか。

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2008年4月22日 (火)

『6ステイン』 福井晴敏

6stain  福井晴敏の防衛庁情報局を舞台にした市ヶ谷シリーズの短編集です。
 非公開情報機関である防衛庁情報局は、正規の情報局員とは別に必要時のみ召集されて任務にあたる警補官(AP)と呼ばれる多数の非常勤情報局員を持ちます。APはそれぞれが本業を持ち市井に紛れて日々を生き、必要に応じて任務につきます。短編の多くが彼ら彼女らを話の主軸に置いています。

 短編それぞれに登場する登場人物達は年齢も性別も様々です。彼らに共通しているのは市井の多くの人々がそうであるように仕事に、家庭に、あるいは自身に何らかの問題を抱えていること、そして日々生きていくなかで忘れてしまいそうなうまく言葉にできない大切な何かを持っていることです。
 この小説では、彼らが心に持つ六つの染(Stain)に関係する六つの短編が書かれています。

 長編小説で綿密なストーリーとしっかりとした人物描写を行う筆者ですが、短編でも筆者の良さがでています。社会や組織の持つ構造的欠陥やそれに属する人々の打算や妥協、それらあがらうことのできない大きな波に飲み込まれ、それを良しとしながらも胸のどこかで大切な何か、譲れない何かのために最後の一線で踏みとどまろうと足掻く人々がしっかりと書かれています。

勝手な思い込みでも、そう信じられるから耐えられる。自分達の行為が、ひょっとしたら誰かの命を救い、誰かという見知らぬ他人のもっとも大きな集合単位、"国”の安寧をになっているのかもしれないという思い込み。打算や妥協はあっても、欲得で動く我々ではないという自負が、冷たい闇の底でぎりぎりの人間性を――人の子であり親であることを保っているのだ、と。

 登場人物達は、日の当たらない社会の闇のなか、国家と国家の利害がぶつかり合い当たり前のように個人が犠牲にされる世界で、人を傷つけ命を奪う行為をし、それは彼ら自身の精神を削っていきます。彼らは自分達の行為が決して社会から感謝されることはないと分っていながらも、もしかしたらそれが自分の親しい人や見知らぬ誰かの命を救うことにつながるかもしれない、そう信じて行動し続けます。

 熱いです。それこそ火傷しそうなほどに。

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2008年3月29日 (土)

『屍鬼』 小野不由美

Shiki1  外部から閉ざされた村での、人間と屍鬼と呼ばれる者との生存を賭けた抗争を書いた小説です。(1998年発行)

■ストーリー
 平成の日本の山岳部にある外場村は、三方を尾根に囲まれ外部との交流が制限され、未だ古い因習が残る人口僅か1300人の村。江戸時代から続くこの村はかつて樅を育ててそれから卒塔婆を生産していたことが名前の由来となっている。
 ある日、村を見下ろすことができる尾根の、村の長が代々住み兼正と呼ばれた場所に古い石造りの洋館が移築され、それから一月ほど過ぎた頃、深夜に一組の家族が引越してくる。当初、その家族を不審に思っていた村の住人達も、屋敷の主人である桐敷正四郎の物腰の良い対応と、彼の妻の千鶴と娘の沙子がSELを患っているために強い日光を浴びることができないことと合わさって、警戒を解いていく。しかし彼らが村に引っ越してきた時期から、村を守るように置かれている祠や地蔵が壊され、住人の不審死が相次ぎ、村に死がゆっくりと確実に侵食しはじめる。

■生きるために人を襲う
 この小説は題名がそうであるように、人間と対立せざるおえない屍鬼の存在そのものに話の焦点を当てています。

敵対を恐れれば生きていられない。
生きていようと思えば敵対するしかない。
屍鬼は人を襲って生きる――
冷酷な摂理が厳然として立ち塞がっている。

 屍鬼は人間を捕食することによってでしか生命を維持することができず、その性質により人間と共存することができないと同時に、人間から離れて生きることができません。人間に比べて極めて少数で、生理的な理由で行動に大きな制約が付く屍鬼が人間を捕食するには危険が伴います。人間と変わらない思考や感情を持つ屍鬼は自らに架せられた冷酷な摂理に絶望しながらも、生きるために人間社会に自らの居場所を作ろうとします。
Shiki5 屍鬼の試みは成功するかにみえますが、最終的に自らの存在が人間に露見し、屍鬼の存在に気付いた人間はそれを許しはしません。家族や親しい隣人が屍鬼に捕食されたこと、自分たちが捕食の対象となっていることを知った人間は、憎悪と正義の元に団結し屍鬼を狩ることを決断します。

屍鬼がそこにいる限り、必ず人を襲う。
共存はあり得ない。
自分や自分の家族を守りたかったら、連中を狩るしかないんだ。

 夏の日差しがさんさんと照りつけるのどかな現代の田舎町で、これといった善人でもない、かといって悪人でもない、家族を持ち日々を生きることに必死などこにでもいるような人達が手に武器をとり、明確な意思を持って屍鬼を狩っていく小説後半部は、人間と屍鬼の両方の視点から丁寧に書かれており、それはやるせなく、凄惨です。

屍鬼と人間の群像劇
 屍鬼を屠り人間の生存を守ろうとする者、屍鬼に架せられた冷酷な摂理に惹かれる者、己の運命を呪いながらも屍鬼の生存を勝ち取ろうとする者、屍鬼でありながら人を襲うことができない者、人間でありながら屍鬼を匿う者、屍鬼と人間を一歩下がった視点で見る者、150人以上の人物が登場します。彼ら一人一人の生活や人間関係が丁寧に書かれており、閉鎖された山間の村での群像劇が繰り広げられます。そこには明確な善悪は存在せず、人間も屍鬼も生きるために悩み、決断し、行動します。

 恐ろしくて凄惨でやるせなく、他の生命を奪って生きるということについて深く考えされられる小説です。登場人物が極めて多い長編なので読むのが少し大変ですが、長編を読むことが苦にならない人は読んでみてください。

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2008年3月 8日 (土)

『十角館の殺人』 綾辻行人

Jukkakukannosatsujin    推理小説家の綾辻行人が学生時代に執筆したデビュー作品です。
 孤立無援の孤島で一人一人と殺害されていく事件と、小説ならではのトリックが組み合わされて書かれています。

一人一人、順番に殺していかねばならない。丁度、そう、英国のあの、あまりに有名な女流作家が構築したプロットのように――じわじわと一人ずつ。そうして彼らに思い知らせてやるのだ。死というものの苦しみを、悲しみを、痛みを、恐怖を。

 1986年、大分県沖の孤島に建てられている十角形の奇妙な建物、十角館。半年前にこの建物の持ち主である建築家を含めた4人が惨殺される事件が起き、未だに未解決というこのいわくつきの館に、大学のミステリ研究会に所属する7人の男女が訪れます。この研究会は会員に欧米の有名推理作家にちなんだニックネームを付ける慣習があり、島を訪れた男女もそれぞれエラリイ、カー、ルルウ、ポウ、ヴァン、アガサ、オルツィと呼ばれる。彼らは不動産業を営むヴァンの叔父が十角館を手に入れたのを切欠に、ミステリー好きの好奇心からこの館で数日を過ごすことになります。
 変化は滞在二日目に訪れ、会員達は館のホールの中央に据えられているテーブルの上に以下の文字が書かれた7枚のプラスティック板が置かれているのを発見します。

第一の被害者
第二の被害者
第三の被害者
第四の被害者
最後の被害者
探偵
殺人犯人

 会員達は、この中の誰かの悪戯だろうと判断しますが、三日目に一人目の犠牲者が発生。陸との連絡がとれない孤立無援の状況のなかで会員達は推理を巡らし犯人を捜そうとしますが、その後一人、また一人と殺害されていきます。

 孤立した環境で一人、また一人と殺害されるも、犯人は誰かわからないという状況を用いた話はよく聞きますが、これらの話のおもしろさは閉鎖された環境での人間関係と魅力的なトリックにあります。この小説もそれらと同じく異常な状況のなかでなんとか事態を解決しようとする登場人物達が書かれていますが、特筆すべきは用いられているトリックです。いわゆる叙述トリックで、それは話の終盤に明かされますが、とても意表を突いているのに加えて、たった1行の短い文で全てが説明されます。私は全く予想できませんでした。
 人物描写が淡白なので登場人物に感情移入することはありませんが、読みやすい文章で書かれており、なによりもトリックが単純明快かつ秀逸で幅広い層にお勧めできます。

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2008年2月26日 (火)

『川の深さは』 福井晴敏

Kawanofukasaha  福井晴敏の諜報戦を扱った市ヶ谷シリーズの第一作目といえる小説です。
 老練した中年男と優秀な能力を持ちながらどこか影のある少年との交流、所在地にちなみ「市ヶ谷」と呼ばれる防衛庁の非公開諜報組織と他国の諜報組織との市井の水面下での激しい攻防、防衛庁と警察庁との対立、しのぎを削る国際社会で生き残るためにあくまで国益を第一にし個人を犠牲にすることを厭わない非情な政府、国家の在り方への問いかけや自己の安全と平和を守ることに無関心な国民に対する警鐘など、第一作目にも関わらず、荒削りながら福井晴敏の魅力が全て詰まっています。

「彼女を守る、それが俺の任務だ」

 都内の警備会社に勤める元警官の中年男、桃山剛は、勤務しているビルに逃げ込んでいた傷だらけの少年と少女を発見します。強い意志を目に宿した少年に、かつて自分が持ち、年を重ねるうちに忘れてしまったものを感じた桃山は少年と少女を匿うことにし、それを切欠に、宗教組織が起こした地下鉄テロ事件の闇に飲み込まれていくことになります。

 作中で、話の主要人物達が、女性誌に掲載されてる以下のような心理テストを受ける場面があります。

あなたの目の前に川が流れています。深さはどれぐらいあるでしょう?
 1.足首まで
 2.膝まで
 3.腰まで
 4.肩まで

 この質問の1~3の答えは以下の通り。
  1.あまり情熱のない人
  2.あるにはあるけどいつも理性のほうが先に立つ人
  3.なんにでも精力的で一生懸命、一番バランスの取れてる人
 そして主要人物達の選択は上のいずれでもない4番
  4.情熱過多、暴走注意

 この小説の一番の魅力は情熱過多ともいえる主要人物たちの描写にあり、個人よりも国家の利益が優先される非情な世界の中、不器用で傷つきながらも自分の信念に従って行動し続ける彼らの姿は、火傷しそうなくらい熱いです。

 軍事的な描写や話の展開について少し荒唐無稽な部分があるものの、1990年代当時の社会情勢についてよく調べられており、それを元にしっかりと話が作りこまれているので、ミステリーが好きな人にお勧めです。また、なにより上記のテストで4番にあたる人は是非読んでみてください。

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2008年2月23日 (土)

『黒いスイス』 福原直樹

Kuroiswis  スイスは小さい国ながら高い経済力を持ち、社会保障が整備され治安も良く、先進国の中でも極めて高い生活水準の国、また国民皆兵で近代的な装備を持つ強力な軍事力を備えた永世中立国だと知られています。しかし、ナチスに協力的であったこと、核武装を検討していたこと、外国人に対して排他的であること等はあまり知られていません。
 本書ではそれらあまり人に知られていない面について、幾つかの事例を挙げてわかり易く解説されています。

  • ロマ族(ジプシー)の根絶
     国民が定住し、戸籍を持つことを推進していたスイス政府は、移動を続けるロマ族を根絶するために、1912年に公共団体「青少年のために」を設立する。この団体は学齢期に達したロマの子供を誘拐し、里子に出すなどして定職を持たせ、ロマ族を根絶させることを目的とし、多くのロマ族の子供が誘拐され、矯正された。
  • ユダヤ人難民の追放
     欧州では、自らの国を持たず欧州各国に居住するユダヤ人に対する差別がどの国でもあったが、1933年にドイツで国家社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスが政権を獲ると、ニュルンベルク法が制定され、ドイツ国内のユダヤ人に対する迫害が勢いを増す。1938年にドイツがオーストリアを併合すると、オーストリアに居住していたユダヤ人が迫害をさけるため大量にスイスに流入するた。
     スイス政府は増加したユダヤ人に国内の労働市場が荒らされることを恐れ、スイスに入国を試みるユダヤ人を追い返すために、ナチスに対してユダヤ系ドイツ人の旅券にJの文字を刻印して識別しやすくすることを提案する。ユダヤ人を国外に排斥することを推進していたナチスはこの提案を受け入れることを渋りますが、スイス政府の強い要望によって最終的には受け入れられ、これによって国境で多くのユダヤ人がドイツに追い返されることになった。
  • 核武装
     第二次世界大戦終結後、1946年にスイス政府は核エネルギー研究委員会を設置し、核兵器の研究を開始する。冷戦が始まり、アメリカを中心とした北大西洋条約機構と、ソ連を中心としたワルシャワ条約機構との丁度間に位置し、どちらにも与さない中立国のスイスは強い危機感を持つ。スイス国防省は1957年に核兵器開発検討委員会を発足させ、自国での開発、外国からの購入、同じ中立国で核兵器の開発を模索していたスウェーデンとの共同開発等、様々な道を探る。核兵器開発は1977年に核拡散防止条約に批准した後も続けられ、冷戦終結前の1988年まで行われた。
  • マネーロンダリング
     スイスには多くの個人銀行があり、そこには2002年の時点で世界各国の企業や個人が国外で運用する資金の30%から40%の約300兆円が集まる。銀行が生み出す利潤はスイス全体の利潤の12%なり、国の大きな収入源となっている。スイスの銀行に預金が集まることには理由があり、一つは顧客の秘密を厳守すること、もう一つはスイスでは法解釈によっては脱税が刑事上の犯罪にはならず、脱税しやすい環境にあることがある。その為、脱税を目的とした海外の企業や個人に利用されたり、1998年にマネーロンダリング防止法が施行されるまでは、犯罪組織のマネーロンダリングの中継点に使われていた。

 この他にも、ナチスへの協力、相互監視社会、ネオナチ、移民への差別などについて解説されています。

 題名に黒いスイスとありますが、上記のような事例を批判し、追及するような内容ではありません。過去に幾度も戦争が繰り返されてきた欧州で中立を守り、国民の生命や財産を保障するためには、綺麗ごとだけでは済まされず、清濁併せ持った政策が必要であり、スイス人はそれに対して真剣に取り組み、その結果が今の繁栄なのだと思います。
 スイスに対して平和で豊かな国といったような漠然としたイメージしか持っていない人は、この本を読めばスイスに対する見方が変わり、この国に対する興味もわいてくると思います。

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2008年2月 5日 (火)

『クロスファイア(上・下)』 宮部みゆき

Crossfire  パイロキネシス(念力放火能力)、いわゆる超能力を持った主人公が、その能力を使って法律で裁くことが難しい犯罪者を処刑していく過程と、自らの行為に対する苦悩を書いた小説です。

 都内の製紙会社に勤める平凡なサラリーマンである多田一樹の妹が殺され、警察は犯行に関わった複数の人物を特定するも、未成年という理由で容疑者という位置づけから先に進めずにいる。そのような状態が続く中、多田一樹と同じ会社に勤める一人の女性が彼に近づく。会社でも特に目立たず地味な存在だった女性、青木淳子はパイロキネシスを持ち、その力で犯人達に報復することを持ちかけ、それは達成されます。
 これは『鳩笛草』に収録されている中篇『燔祭』での話で、『クロスファイア』ではその後の青木淳子が書かれています。勤めていた会社を辞め、多田一樹の前から姿を消し、ひっそりと暮らしていた淳子は偶然居合わせた犯罪現場で、彼女を助けてほしいと言い残して死んだ被害者の頼みを受け、仇をとるために行動します。

 「あたしは装填された銃だ。持てる力を行使し、無軌道に殺人を続ける若者たちを処刑する」

 主人公の青木淳子はパイロキネシスを持ちますが、それは不安定な上に人間を炭化させるほどの力を持つ危険なもので、幼いころにその力によって引き起こされた事故により、人と上手く関わることができず、孤独な生活を送っていました。しかし『燔祭』において犯罪被害者の復讐を代行したことが彼女の転機となったのでしょう。このときに、今まで人に必要とされなかった自分が、被害者の無念を晴らすという形で人の役に立つことができる、恐らくそう考えたのでしょう。
 淳子は自らの存在意義を証明するかのように、ひたすら犯罪者を殺害し続けますが、その行為は法律を無視したもので、警察が捜査を始めることになります。やがて彼女自身も、自分の行為は殺害してきた犯罪者達と本質的に変わらないのではないかと疑問を持ちはじめ、それはしだいに彼女の心を蝕んでいきます。
 作中で淳子を追う刑事が彼女のことを、孤独で生きる目的を探しており善良だと言っています。善良である淳子は、良心の呵責なく人を傷つけ殺害する犯罪者を許すことはできず、被害者の無念を晴らすことに社会から孤立していた自らの存在意義を見出すも、法律を無視して犯罪者を殺害し続ける自分の行為に対して疑問を持たざるをえない。そのような屈折した思いを持ちながらも行動し続ける彼女の姿は痛々しく、話の結幕も明るいものではありません。

 どちらかというと、法律の不備によって生じる問題点よりも、本人の意思に関わらず人とは違う力を持ってしまった主人公の生き方に焦点を当てた話です。超能力という非現実的な設定を受け入れ、主人公に感情移入することができるかどうかで評価は変わると思いますが、私は十分楽しめました。

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2008年1月19日 (土)

『白夜行』 東野圭吾

Byakuyakou  この小説は話の中心となる二人の男女から見た視点や心理描写が一切なく、全て彼等に関わる第三者の視点で書かれています。二人が何を感じ、考えて行動しているかを知るには、作中に散りばめられている様々な情報を整理、分析して推測するしかありません。

 1973年、大阪の雑多な下町にある廃ビルで質屋を営む一人の男が殺害され事件が迷宮入りすることから始まります。殺害された男の息子である暗い眼をした少年、桐原亮司と、容疑者と目された女性の娘である並外れて美しい少女、西本雪穂、この二人が物語の中心となり、事件をきっかけに白夜のような人生を歩むことになかった彼らの19年間が書かれています。
 質屋殺しの顛末は小説後半で、事件を捜査する老刑事の推理という形で語られますが、恐らく二人の行動原理はこの事件によって形成されています。有名女子高、大学を卒業、一流企業に勤める将来有望な男性と結婚、さらには都心の一等地にブテッィクを開業しその経営も順調と、一見人も羨む華やかな人生を歩む雪穂ですが、その影で、雪穂の障害となる人物は何故か犯罪や事故に巻き込まれ、そこには常に社会の裏道を歩む亮司の痕跡が見え隠れします。
 二人が作中において言葉を交わす場面は一切ありませんし、互いに顔を合わせる場面もほとんどありません。しかし散りばめられている沢山の情報から、この二人が非常に強い絆で結ばれていることが伺われます。作中の老刑事が雪穂と亮司の関係を次のように例えています。

「ハゼはエビのそばにおると相場が決まってます」

 ハゼはテッポウエビの巣穴で共生し、目の悪いテッポウエビに代わり外敵の存在を察知し、テッポウエビに知らせる習性があります。テッポウエビは雪穂、ハゼは亮司であり、亮司は常に雪穂の傍にいて彼女の障害となるものを察知し排除していきます。
 また、雪穂はこう言います。

 「あたしの上には太陽なんかなかった、いつも夜。でも暗くはなかった。太陽に代わるものがあったから。太陽ほど明るくはないけれど、あたしには十分だった。あたしはその光によって、夜を昼と思って生きていくことができたの」

 太陽に代わるものは亮司のことで、彼がいたからこそ質屋殺し事件後の光のとどかない絶望に満ちた人生を生きることができたのであり、雪穂の目指し続ける華やかな人生は事件で負ったものを乗り越えるためのものでしょう。しかし事件によって二人の健全とは言えない行動原理が決まったときから彼らの人生の先には絶望しか存在せず、雪穂が心から幸せになる日は決して来ません。

 雪穂と亮司の行動は決して容認できるようなものではなく、そのような行動を選択した二人の心情を想像するとやるせなく悲しい気持ちになりますが、それ以上に人と人との強烈な絆を感じさせてくれる小説でした。

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2008年1月16日 (水)

『加筆完全版:宣戦布告(上・下)』 麻生幾

Sensenfukoku  日本の安全保障の問題点を題材にした小説です。

 1998年の有事法制関連法がまだ整備されていない日本、複数の原子力発電所が稼動している敦賀半島に北朝鮮の潜水艦が漂着し、潜水艦に乗り込んでいた特殊部隊11名が上陸する事態が発生。政府がその対処に当たる28日間が緻密な描写で書かれています。

「安心したまえ。この国が異常だと思っているのは、君だけじゃない」

 作中で、事態に適切な対処できなかった責任を取って辞職した内閣総理大臣が記者会見にて、11人の特殊部隊が上陸しただけで一国の元首が辞職するまで混乱するこの国は異常ではないのかという質問に対して上記の返答をします。
 事態に即した法整備の不備、各官庁の縄張り争いによる情報伝達の遅滞、政治家や官僚達の責任の擦り付け合い、自衛隊出動に対する共産党や社民党の反発、情報保全に対する認識の甘さによる北朝鮮への情報漏洩など、様々な問題により政治が混乱します。それにより、現場に投入された警察官や自衛官が上陸した特殊部隊を目の前にしても適切な行動をとることができずに一方的に攻撃され次々と死傷し、さらには民間人にまで死傷者がでていく様がとても現実味を帯びて書かれています。

 この小説を読んで今の日本ならどのようになるだろうと、作中で問題となっている点について考えてみました。

  • 情報保全
     2003年に情報漏洩に対処するために自衛隊内に情報保全隊が設立され、防諜に対する体制が強化されましたが、その後、Winnyによる防衛機密の漏洩、防衛省に勤務する一等空佐の情報漏洩、イージス艦情報漏洩などの事件が起きており、小説のような情報漏洩が起こる確立は低くはないでしょう。
  • 部隊の展開
     2003年に整備された有事法制関連法には、地方行政団体や事業者が指定行政機関から協力を要請された場合、施設や物品の提供に努めることが明記されており、自衛隊の出動が決定されれば部隊の現地への展開は迅速に行うことが可能です。作中のように部隊が展開する場所を確保するために、現地の地方行政団体や事業者に対して一件一件土地や物品の提供をお願いして回り、時間が浪費されるようなことは無いでしょう。
  • 非正規戦への対応
     2004年に陸上自衛隊内に特殊作戦群と呼ばれる、テロやゲリラなどの非正規戦に対応するための部隊が創設されています。また、従来の部隊においても非正規戦に対応した訓練や、警察との連携を円滑にするための合同訓練が行われており、小説に比べるとより適切な行動がとれると思います。
  • 自衛隊の出動と武器の使用の是非
     この小説の主題とも言える問題点ですが、2003年に整備された有事法制関連法のなかに、『武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律』があり、これを根拠に国会の承認を得れば防衛出動を行うことができます。作中で十分な法的根拠が無かったために、あくまで警察官として行動する治安出動を行い、武器の使用に対して厳しい制限がかけられていたのに対し、防衛出動では武力行使が認められています。小説の時代よりも防衛出動を行いやすい環境になっていますが、最終的にそれを決定する政府と国会の判断にかかっているでしょう。

 こうしてみてみると、情報保全をいかに行うかと、自衛隊を統制する文民側が迅速に事態に対応することができるかどうかですね。

 読み進めていくと事態がどんどん大きくなっていくので、話の収拾ができるのか心配になりましたが、公安関係者の活動を緻密に描写することによって情報を収集、活用することの重要さを提示し、最後には情報を活用したある一手によって事態が瞬く間に収拾するように纏められています。
 主人公と呼べる人物はおらず、日本の安全保障の混乱に焦点が当てられているので、様々な人物や組織が登場し、事態も二転三転する上に、政治、軍事、法律、公安の専門用語がたくさん出てくるので読み進めていくのが大変ですが、普段あまり意識しない、日本の安全保障の問題点について考えさせられる小説ですので、読んでみてください。

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