アニメ・コミック

2008年9月19日 (金)

『ハクバノ王子サマ』 朔ユキ蔵

Hakubanooujisama  三十路の女性と7歳年下の男性の恋愛を題材にした漫画です。(2005年~2008年連載)

■ストーリー
 民間企業に勤める小津晃太朗(25歳)は、仕事漬けの毎日に嫌気が差し転職を決意する。教員免許を持っていた小津は社会科の教師として女子高に再就職する。小津は2-B担任の原多香子(32歳)の下で副担任を受け持つことになる。小津は婚約者のいる身だったが、原のことを次第に意識するようになっていく。

■タカコサマ32歳、不倫経験あり

原多香子32歳独身!!
もうツっぱって生きていくしかないんです!!

 この漫画で面白いのは原多香子ことタカコサマの内面描写。作者が女性のせいか、それはなんとも生々しさを感じます。外見の良さと生徒に対する厳しさから、生徒からタカコサマと呼ばれる原多香子。そんな彼女も独身のまま32歳となり、将来を約束しあった人もいない自分の十年後、二十年後に不安を感じる日々。そこに現れたのが、小津晃太朗。7歳年下でしかも婚約者がいる彼がどうしても気になるタカコサマ。小津に食事に誘われて冷静をよそよいつつも内心嬉しくてしょうがない。でも、小津に婚約者がいると知って世界が終わったかのように落ち込んでしまう。昔の不倫相手とづるづるといってしまいそうになって自己嫌悪に陥ったり、小津の煮え切らない態度にやきもきしたり、小津の婚約者に気を使い一線を越えられなかったり、合コンを切欠に付き合うこととなった江川に対し本気になることができなかったり、大好きなビールと餃子に逃避したり。一見隙のない美人のタカコサマが、小津の一挙一動に反応する様子がとにかく面白いです。

 男と女の恋愛話として十分に楽しめました。ただ、小津の婚約者のカオリと江川さん、やりきれないな。

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2008年7月 2日 (水)

『風の谷のナウシカ』 宮崎駿

Kazenotaninonausica1  宮崎駿監督が12年の歳月をかけて完成させた漫画です。『風の谷のナウシカ』といば1984年に公開された映画が有名ですが、映画は宮崎監督が1982年から連載を開始した漫画の1巻から2巻半ばあたりまでが元になっています。映画は人間と自然の共生を訴えた内容でしたが、漫画は人間の業に焦点を当てた深く複雑な内容になっています。(1982年~1994年連載)

■ストーリー
 遥か未来、人類の文明が絶頂を迎えた時代に火の七日間と呼ばれる世界を巻き込む戦争が発生。文明は崩壊し、世界の大部分が腐海と呼ばれる菌類の森に覆われる。人類は瘴気に覆われ獰猛な蟲が闊歩する腐海を避け、人類が生息可能な土地にエフタルと呼ばれる高度な文明を持つ国を造るも、王位継承を巡る争いや大海嘯と呼ばれる蟲の侵食によってエフタルは滅びることになる。それから約三百年後、火の七日間から数えて約千年後の世界では、腐海はさらに範囲を広げ残された僅かな土地ではトルメキア王国と土鬼諸侯連合の二大国が対峙する。
 腐海のほとりにあるエフタルを祖とする辺境諸国の一つである風の谷の近隣に一機の輸送機が墜落する。風の谷の族長の娘であるナウシカは、輸送機の残骸のなかで奇跡的に生きていた少女を発見する。その少女は同じ辺境諸国ペジテの王族で、彼女はナウシカに奇妙な石のようなものを託して息を引き取る。その石によってナウシカは人間の途方もない意識の流れに飲み込まれていくことになる。

Nausica2_2■ナウシカとクシャナの物語
 この物語には二人の主人公がいます。一人は風の谷の族長の娘ナウシカ、もう一人はトルメキア王国第四皇女クシャナです。この二人は生き方は違えど国を治める一族の姫であり、聡明でかつ指導力、行動力、決断力、人望を持ち合わわせると共に、激しい攻撃性を秘めている所など、共通する部分が多いです。

私達は血を吐きつつ、繰り返し繰り返しその朝を越えてとぶ鳥だ!!

 腐海や蟲、人間といったこの世界の自然の代弁者のように描かれるナウシカ。彼女は父親である風の谷の族長の愛情や彼女を慕う風の谷の民達のなかで、強さと優しさ、賢さを兼ね備えた女性に育ちます。彼女はペジテの王族から石を託されたことを切欠に、火の七日間が起きた理由、腐海や蟲が存在する理由、それらにおびえながらも人間が生きていくことができる理由などの物語の核心に迫っていきます。

王位にしがみつく老いた醜い化け物め
それほど執着する王位なら
血まみれのわが手でひきむしってやる

   ナウシカと対照的に描かれるクシャナ。彼女は人間の欲望や情念といったものを代弁するように描かれています。彼女は大国トルメキア王国の皇女として生まれるも、王位継承を巡る争が繰り広げられる王室で常に周囲を敵意で囲まれて育ちます。クシャナがまだ少女のときに、彼女を狙った暗殺の身代わりとなって母親が毒を飲み、精神に障害を持ってしまったことが、後の彼女の人格形成に大きく影響することとなります。天才的な戦略眼とトルメキア軍随一の人望を兼ね備えた彼女は、辺境諸国への進軍を命じられたことを機に王家に反旗を翻します。その足がかりとして、ナウシカがペジテの王族に託された石を捜索するために風の谷に進軍し、そこでナウシカに出会ったことを切欠に物語に深く関わっていくことになります。

Nausica3 ■徹底した戦闘描写
 漫画でも、冒険活劇の面もあった映画のように空中戦や地上戦の描写がありますが、それは徹底してます。例を挙げれば、ガンシップが輸送機を爆破すればばらばらになった乗組員達の体の一部やまだ生きている乗組員達が空中に撒き散らされ、騎兵の一群が敵中突破すれば敵兵は文字通り蹴散らされ、砲弾が着弾すれば人体は四散し、蟲の大群が人が集まっているところを襲えばそこはバラバラになった人体が撒き散らされる地獄絵図と仮し、前線の要塞には戦火や蟲によって家を失った難民が溢れかえります。

 漫画版は映画版のように人間は腐海や蟲といった自然と共存していくべきといった内容ではありません。人間の業そのものに焦点を当てた内容です。蟲におびえながらも少ない土地をめぐって争う人々の情念、火の七日間が起きた理由、腐海や蟲の生まれた理由、どれも人間の業に起因するもので深く考えさせられます。なかでも特に物語最後にナウシカが下した決断、ありのままの人間を受け入れ、人間の理性が多くの血を流して積み上げてきたものを否定する決断は正しかったのか。
 沢山いる登場人物のなかでも好きだったのがクシャナの参謀のクロトワ。一見飄々としていながら、魑魅魍魎が闊歩するトルメキア王室やトルメキア軍という巨大な組織のなかで状況を打開していくしたたかさに、確かな軍事的才能と冷静な判断力を持ち合わせた徹底的な現実主義者。彼とクシャナは本当に良いコンビだと思います。物語最後に彼が言った短い台詞は彼の性格が良く出ていてよかったです。
 もしかなうなら、漫画版に沿った映画を三部作ぐらいで創ってもらいたいものです。そうしたら絶対に観にいくのにな。

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2008年6月20日 (金)

『図書館戦争』 浜名孝行

Librarywar  公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる法律「メディア良化法」が成立施行された架空の日本を舞台に、不当な検閲から図書館を守るために組織された図書隊に所属する隊員達の日常を描いたテレビアニメです。有川浩氏の小説『図書館戦争』をアニメ化したものです。(2008年放送)

■ストーリー
 1989年、公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる法律「メディア良化法」が成立施行され、この法律を根拠に司法省の下部組織として「メディア良化委員会」が発足する。メディア良化委員会はあらゆるメディアを検閲する権限を持ち、抵抗するものには武力の使用も認められる。メディア良化委員会の検閲に対し、図書館は「知る権利」を守るために既存の図書館法を改定し、「図書館の自由法」を成立させる。1999年、メディア良化委員会に同調する政治結社が日野市図書館を襲撃する事件、通称「日野の悪夢」が起こる。この事件では12名が死亡し、図書館の蔵書が一冊を残して焼失してしまう。2004年、図書館は図書館の自由法を根拠に図書館を防衛する組織、「図書隊」を設立する。メディア良化委員会と図書隊は武力衝突することになるが、超法規的解釈によって第三者の財産、生命を犯さない限り司法が介入することは無く、両者の対立は激化していく。
 2019年、笠原郁は高校生のときにメディア良化委員会の検閲から助けてくれた図書隊員に憧れ、大学卒業後に図書隊に入隊する。笠原は卓越した運動能力と情熱を買われて防衛部図書特殊部隊に配属されるが、部隊の上官、堂本篤と何かと対立する。しかし笹原はある日、堂本が自分を助けてくれた図書隊員だと知る。

■表現の自由とラブコメ

図書館の自由が侵されるとき、
われわれは団結して、あくまで自由を守る。

 この世界の日本は表現の自由が規制されています。それは生易しいものではなく、メディア良化委員会によって有害だと判断されたものは流通停止や放送停止、削除命令などが実力をもって行われます。それに対して表現の自由を守る側である図書館は武装し、実力をもってメディア良化委員会の行動を阻止します。両者の衝突は激しい銃撃戦を伴うもので、日本国内で公的機関同士がおおっぴらに武力衝突するといった状況になっています。そのような世界観のなかで、笠原と堂本のラブコメが繰り広げられます。
 笹原は本を守る情熱と運動能力は抜きん出ているものの、図書館業務のミスや直情的な行動でいつも堂本に厳しい叱責をうけ、時には泣いて、時には反発する毎日。しかし笹原は図書隊員としての経験を積み、同僚と交流していくなかで、いかに堂本が自分のことを考えてくれているかを理解していきます。そしてある日、堂本が自分が憧れていた図書隊員だったことを知ってからは、堂本にどう接したらいいのかわからなくなり、堂本も笠原の態度の変化に戸惑います。その後、笹原と堂本は互いに意識しあう仲となっていきます。

 世界観を見るとシリアスな内容なのかと思いますが、実際に観てみると、肩肘はらずに楽しめるアニメです。メディア良化委員会と図書隊の武力衝突は、相手に対する牽制程度のものとして描かれているのか、銃撃戦なのにどこか平和でなんとも不思議な感じがしましたが、これは治安が維持された日本で継続している内戦自体が矛盾しているので無理もないのかもしれません。しかし、話の主軸は笠原の成長と笠原と堂本の関係で、これがよくできているのでそれほど気にはなりません。表現の自由について関心を持てて、素直に笑えて楽しめるアニメです。

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2008年5月18日 (日)

『灰羽連盟』 安倍吉俊

Haibanerenmei_rakka  外界から隔絶された架空の世界を舞台に、羽と光輪を持ち灰羽と呼ばれる天使のような外見の少女達の死や贖罪、再生を主題にしたテレビアニメです。安倍吉俊氏の同人誌『オールドホームの灰羽達』を元に構成されています。(2002年放送)

■ストーリー
 外界から隔絶されたグリと呼ばれる街の郊外の建物。オールドホームと呼ばれるその建物の一室の巨大な繭から一人の少女が生まれる。その少女はオールドホームに住む羽と光輪を持つ灰羽と呼ばれる少女達に迎え入れられる。灰羽は生まれる前に見た夢に因んだ名前がつけられる風習があり、空から落下している夢を見た少女は「落下」と名づけられる。落下は灰羽としての生活に戸惑うが、献身的に面倒をみてくれる「礫」と呼ばれる年長の灰羽のおかげで徐々に生活に慣れていく。しかし、共に暮らす灰羽の一人「空」が巣立ちの時を向かえてグリの町から旅立ったことを切欠に落下に変化が訪れる。

礫の贖罪と再生
Haibanerenmei_reki  この話は主人公の落下の視点から見た礫の贖罪と再生が主軸になっています。

私は石ころになりたかった
痛みも悲しみも感じないただの石ころに

皮肉なものだね
心を閉ざして優しく接すれば
皆、私を良い灰羽だと言う
あたしの心の中は
こんなにも暗く汚れているのに

 石ころに因んで名づけられた礫、劇中では明確に語られませんが、灰羽達の台詞や礫の本当の名前から十分に推測できるある理由によって彼女は「罪付き」として生まれ、それが灰羽としての生活に大きく影を落としています。彼女は罪付きとなる原因となった灰羽となる前の行いや、罪付きの灰羽として経験してきたことによって、人を信じたくても裏切られるのが怖くてそれができず、人に助けを求めたくても拒絶されるのが怖くてそれができません。そんな彼女が最後に選んだのは他人に無条件の優しさを与えることで、その優しさはただ自分自身のためのものです。しかし、その偽りの優しさも落下にとっては心の支えになるもので、自分を信頼し、慕ってくれる落下との関係を通して、それは礫自身自覚せずに本当の優しさへと変化し、罪付きである自分自身を救うことにつながっていきます。
 キリスト教カトリック教会の教義に煉獄というものがあります。煉獄は死後に救済を約束されているものの、罪の償いが残っている者のためにある場所で、死者はそこで自らの罪の浄化を行います。灰羽連盟の設定や礫を主軸にした話はこの煉獄を思わせます。

どこか懐かしいグリの街とオールドホーム
 映像は全体的に色合いを抑えたセピア調を思わせるような雰囲気で、それがグリの街の石畳の街並みや郊外の牧歌的な風景の中に佇むオールドホームなどの背景や、静かで美しい音楽、しっかりとしたメッセージを含むストーリーとよくまとまっています。

 礫の心情には共感するところもあったせいか、自然と話に引き込まれました。死や贖罪など重くて悲しい主題を扱っていて、話の展開もシリアスなものですが悲劇ではありません。観た後に優しい気持ちになれます。

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2008年4月28日 (月)

『プラネテス』 幸村誠

Puranetesu 人類の生活圏が月にまで広がった2070年代を舞台に、夢を追う若者を描いた漫画です。2070年代といっても、世界は人間の生活圏が月まで広がっていること以外は、現在と特に変化はありません。そこにあるのは大国同士の勢力争い、貧富の差、非政府組織のテロ活動、進む環境汚染、企業の競争、愛煙派と嫌煙派の戦い、そして日常を生きていく人々です。
 「プラネテス(ギリシャ語:ΠΛΑΝΗΤΗΣ)」は「惑う人」という意味で英語の「Planet」の語源となっています。地球や衛星軌道上、月で、仕事や家族、恋愛などに惑う人々が描かれています。(1999年~2004年連載)

■ストーリー
 主人公の星野八郎太は民間のデブリ(衛星軌道上にある廃棄された人工衛星やロケットなどのゴミ)回収業社に勤めるサラリーマン宇宙船員。いつか自分の宇宙船を持ち宇宙ビジネスで成功することを夢見る彼は、夢を実現させるための第一歩として地球外開発共同体の木星開発船フォン・ブラウンの乗組員を目指す。

■舞台は宇宙、テーマは愛
 各登場人物に焦点を絞ったエピソードが多いですが、全体を通して話の主軸になるのは主人公の星野八郎太と木星開発船フォン・ブラウンです。

フォン・ブラウンってのは第二次大戦の時
ナチスのスポンサードで
「V2」っていうロケット兵器を開発した科学者だ
大勢の命を奪うそのロケットの試作が完成した時
フォン・ブラウンの仲間の一人がこう言ったんだ
「今日は宇宙船が誕生した日だ」
それから二十数年たって
フォン・ブラウンはサターンロケットでアポロを月に送ったよ
……たぶん俺もそーゆー奴なんだよね
フォン・ブラウンの跡を継ぐ者に
できないことなんて何もねェのさ

 八郎太にとってフォン・ブラウンの乗組員になり、それを足がかりに自分の宇宙船を持ち宇宙を駆け巡ることは人生の全てを掛ける価値のあることであり、その夢を実現させるために必要なのは、どんな困難も独りで乗り越えることのできる絶対的な強さだと信じて努力していきます。しかし、八郎太の職場に一人の新人船宇宙船員、田名部愛が配属されてから状況は少しづつ変化していきます。

宇宙は独りじゃ広すぎるのに

Planetesu_3  八郎太の考え方に対して、田名部はことあるごとに愛が無いとくってかかります。夢を実現するために孤独や不安、恐怖を糧に自分を追い込み努力してきた八郎太にとって、田名部の言葉を受け入れることは自分を否定することにつながります。しかし、なぜか田名部の言葉を拒絶することができない八郎太は、フォン・ブラウン乗組員の訓練を通して、人の存在など意に介さない気の遠くなるほど広大な宇宙と向き合い、そしてその前では無力に等しい自分と向き合うなかで、徐々に田名部を受け入れ変化していきます。

 この漫画の魅力は、衛星軌道上や月面という今の私達にとって非日常的な世界で、日常を生きている人々がしっかりと描かれているところにあります。無重力空間や月の低重力下での力学、宇宙船や宇宙服、月面上の建造物等の描写は精密かつ丁寧で、読者に十分"宇宙”を想像させるのに、そこで暮らす人々の生活はまるで私達の日常のようです。登場人物達はそんなありふれた日常で、泣き、笑い、悩み、恋愛をし、家族を持ち、夢を追っていきます。 人間の知識欲や探求欲は際限なく、それによって科学は進歩し、計り知れない恩恵と害悪をもたらし、世の中は劇的に変化してきました。しかしそこで暮らす人々の営みは今も昔も変わらずに続いており、未来もそうなのでしょう。
 SFといえば敷居が高く感じる人もいると思いますが、宇宙に関する知識が無くても十分に楽しめます。はたして私が生きている間に気軽に月に旅行に行ける日がくるかどうか……、楽しみです。

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2008年3月15日 (土)

『羊のうた』 冬目景

Hitsujinouta1  先祖代々好血症を発症する血筋に生まれた姉弟と、彼女らを取り巻く人々を描いた漫画です。(1996年~2002年連載)

■ストーリー
 舞台は平成の東京都世田谷区周辺、幼いころに母親が死去し、諸事情により父親の元を離れて江田夫妻に養育されていた高校生の高城一砂は、母親の夢を見たことを切欠に、自分の生家を訪ねる。一砂はそこで、漆黒の長髪と病人のような白い肌を持つ少女、実の姉である高城千砂に再会する。
 千砂は再会した一砂に対し、父親が半年前に死んだこと、高城家には代々血が欲しくなる病気が発症すること、発病し発作が起きると人を傷つけかねないほどの血を欲する強い衝動に襲われること、母親は発病し精神を病んで死んでしまったこと、父親は発病していない一砂を江田夫妻に託すことによって病気から遠ざけようとしたこと、自分は発病していることを伝える。彼女は一砂に対して愛情は持っておらず他人同然であり二度とこの家に来ないでほしいと告げ、一砂は生家を後にする。
 翌日、一砂は所属している美術部での部活動中にえたいの知れない衝動に駆られ、気を失う。発病を自覚した一砂は再び千砂を訪れ、そこからゆっくりと、静かに、確実に一砂の日常が変化していく。

■千砂の愛憎

私を一番理解してくれる人間は父しかいなかったのだし
私はなんの疑問も持たずに父を愛した
例えそれが禁じられたものだとしても
私には関係なかった

Hitsujinouta4  話の主軸になる千砂は病気による発作のために、幼いころから人との関係を持つことができず孤独に育ち、発作のたびに自らの血を与えてくれた父親が唯一の心のよりどころとなっていました。彼女は父親に非常に強く依存すると同時に、彼女を死んだ妻の身代わりとして愛し、そして彼女が重荷となって先立った父親に対し激しい憎悪を持ちます。千砂は一砂と再会し、彼が発病したことを知ると、父親が彼女にそうしたように、父親に似た一砂を父親の身代わりとすべく近づきます。そのような千砂に対して一砂も千砂の意図を知った上でなんとか答えようとします。しかし千砂が父親と共にすごした十数年の文字通り血を分けた記憶は、血が繋がった弟といえど簡単に入り込むことができるものではなく、それは終止千砂を苦しめ、病気の発作を抑えるために服用している薬の副作用と合わさって彼女の精神と身体を消耗させていきます。

 昭和の香りのする薄暗くも整然とした日本家屋とどこか懐かしい街並みを舞台に、千砂と一砂、彼女らを取り巻く人々の関係が線の荒いデッサンのような絵柄と日本的な間を感じさせるようなコマ割で描かれており、登場人物達の繊細な心の動きや感情の機敏が非常に上手く表されています。
 明るい漫画ではないので万人にはお勧めできませが、上記を読んで何か惹かれるものがあった人は読んでみてください。静かで切なく、重く、優しくて残酷な独特の世界観と登場人物達の愛情、憎悪、献身、拒絶、渇望、諦観といった感情に引き込まれると思います。

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2008年3月 1日 (土)

『夕凪の街 桜の国』 こうの史代

Yuunaginomachi_sakuranokuni  原子爆弾の被害にあった女性と、被爆者の血を引く女性について描かれた漫画です。
 第二次世界大戦中の1945年、日本と交戦していたアメリカは広島市に原子爆弾を投下し、それによって十数万の非戦闘員が死亡しました。また、生き残った者も原爆投下時に発生した放射線を浴びたことによって、その後の人生において白血病や癌の発症リスクを負うことになりました。
 この漫画は『夕凪の街』と『桜の国』の二つの話で構成されており、被爆時の記憶や放射線による後遺症、それによる社会からの偏見のなかで、苦しみ悩みながらも真っ直ぐに生きていく主人公達の姿が描かれています。

  • 夕凪の街

    わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ
    思われたのに生き延びているということ
    そしていちばん怖いのは
    あれ以来本当にそう思われても仕方のない人間に自分がなってしまったことに
    自分で時々気づいてしまうことだ

     一話目の『夕凪の街』は、1955年の広島で暮らす女性、平野皆実について描かれています。仕事場の同僚と恋愛をするも、被爆時の壮絶な経験によるトラウマで、自身の幸せを素直に受け入れることができなかった皆実が、相手の男性との交流を通してそれを乗り越えていく姿が描かれた短編です。
  • 桜の国

    ・・・母さんが三十八で死んだのが原爆のせいか誰も教えてくれはしなかったよ
    おばあちゃんが八十で死んだ時は原爆のせいなんて言う人はもういなかったよ
    なのに凪生もわたしもいつ原爆のせいで死んでもおかしくない人間とか決めつけられたり
    してんだろうか

     二話目の『桜の国』では、終戦から数十年が過ぎ戦争の記憶が薄れた昭和末期から平成が舞台となり、平野皆実の姪にあたる東京で暮らす石川七波の半生が描かれています。原爆の後遺症によって母親を亡くし、被爆者の子供ということに対して蟠りを持つ彼女が、あることを切欠に広島を訪れることになり、そこでの経験を通してそれを受け入れていきます。自らが直接経験してなくても間接的に関わってくる原爆に対して、どう受け止めればいいか戸惑っていた主人公が徐々に成長していく姿が描かれています。

 原爆を題材としていますが、悲惨さを強調して反核や平和を主張するようなところは見受けられず、原爆投下をあくまで一つの出来事として扱い、それを伝えることに徹しているように思えます。そのためか、全編を通して静かな雰囲気ですが、登場人物の姿が非常に繊細かつ丁寧に描かれており、登場人物の健やかな強さに清々しさを感じさせられる漫画です。
 万人に薦められる漫画ですので、未読の人は是非読んでみてください。

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